アオアルキルキア

不定期連載

再現するリアル

僕は少し前まで、医療現場で手術器械の洗浄や、診療材料のコスト入力をする仕事をしていた。
手術器械、診療材料といっても、聞きなれていない人からするとピンとこないだろう。
たとえばテレビドラマを思い浮かべてもらう。
だいたいの手術シーンで始まる「メス」というセリフ。これなら皆知っている。
次は鉗子(かんし)。なかなか漢字変換もでてこないところにあるけれど、やっぱりきっと、皆聞いたことがある。次点でコッヘル、ペアンくらいか。
これらが医療器械という。機械(マシーン)じゃない。英語なら、メディカルインスツルメンツ。デバイスだとかそういう言葉になる。繰り返し使う装置。
使い捨てではなく、使用した後、洗浄され、滅菌されて、再び誰かに使われる。
そのサイクルの中で、洗浄する仕事があって、僕はそこにいたことがある。

さて、続きは診療材料の説明。
1回使うと捨てられる。使い捨て。誰かに使ってさようなら。患者さん一人一人のためだけに使われるから、コストがかかる。どの患者さんにどの材料を使ったのか。
そういうコストの入力もしていた。

今日、たまたま医療ドラマを見ていた。
医療ドラマだから、やっぱり手術の場面が出てくる。
ドラマの中では全く重要じゃないセリフがいくつかあった。
「鉗子」といって、手渡されたもの。先が一本になっている長いはさみみたいなものが、高嶋政伸さんに手渡されていた。僕が見たことのある、洗浄したことがあるラパ鉗子だ。
あ、すごい。えらいぞ、ドラマ。
ちゃんとしているぞ、と僕は思う。

ドラマのあいだ、難しいオペでうんたらかんたら、というやりとりがあった。腹腔鏡(ふくくうきょう)がどうたらこうたらといっていた。ラパというのは腹腔鏡のことなのだ。
なるほど、こういう使い方なんだな。
医療現場で働いていたはずなのに、手術の現場にはいなかった。だから、洗うことはあったけれど、使うことはなかった。使う人の場面が再現されて、ふむふむと感心する。
同じドラマ、同じ手術内のシーンの中で、続いたセリフ。
今度高嶋政伸さんは「ハーモニック」といった。
わ。
これも知っている。
今度はコストを入力していたやつが登場した。
一回使ったら捨ててしまう。かっこいい、マシンガンみたいな形。だけど、人を治す医療道具。実はとても高額。一つが十万円くらいするのもある。それを使い捨てる。手術にお金がかかるのも当然だ。
他にもその手術場面で気がついたことがある。水色の布がかぶせられた医療道具が一瞬映る。その水色の布にかかれたCOVIDIEN(コビディエン)。
あ、診療材料大手のメーカー名だ。
どんなジャンルにも大手企業がいる。僕の働いていた大学病院で、そこら中にあったコビディエン製品。

細かいところ、働いていない人はきっとどのセリフもスルーする。メーカー名にハッとしたりしない。その場にいた人だけがちゃんと気がつく。もしも鉗子といって、鉗子じゃないものが渡されたら、見ていたお医者さんはがっかりする。もしもハーモニックといって、マシンガンみたいなかっこいいやつが出てこなかったら、看護師さんが「違う」と思って電話をしちゃうかもしれない。
僕は知っているものがちゃんと出てきたから、嬉しくなった。人に言いたくなった。
もしかしたら反対に、あれは正しくない使い方だ。あの場面で出来る道具ではない、といいたくなる人もいる。

何かを再現することは、その時本当にそこにいた人たちが見ていることを考えないといけない。
テレビドラマは嘘くさくて、陳腐だという人もいる。そういうのもあるかもしれない。でもちゃんとしているものもある。
ちゃんと納得させるのに大事なのは、リアリティだ。
そこにいる人たちが嬉しくなるような描き方、人に言いたくなるような真実。

僕も誰かを感心させる再現を書けたらいい。
ちゃんと場面を再現したい。