アオアルキルキア

不定期連載

やがてすべてが

まだコロナではない日記。

  

今日から再びリモートワーク。

僕は洋服が好きだ。唐突にその話をし始めたのは、ネットで注文した服が、リモートワークで働いている最中に届いたからだ。完全に仕事中だったが、もうその場ですぐに箱を開け、ビニールを破き、ハンガーを抜き、タグを切り、袖を通した。完全にサボりだ。だがそんなことは知らない。どうでもいい。うるさい。知ったことか。外に出られないのだから、服ぐらい、いいものを着させやがれ! 着させやがれってなんだ。ばかか。

そういうテンションになった。

着ると心が弾み、小さな部屋を、二、三歩歩いた。それだけで、いいものを買えた気がした。このまま仕事を放り投げて、街に出たくなった。

 

僕は体のサイズが、なかなかに華奢なので、試着ができない。ネットで買うことは多くはないのだが、なにぶん今は、百貨店やショッピングモールもやっていないし、好きなブランドであればサイズ感もわかっているので、買えないこともないのだった。
どうして新しい服を着ると、外に出たくなるのか。

人に見てほしいのか。褒められたいのか。似合うって言われたいのか。

いや、違う。

新しくなるのだ。気持ちが。心が。あとなんか、全体的に自分の雰囲気が。あれだ、まず新しい服というのは、もう無条件で清潔感が出る。清潔な肉体になる。不思議だ。体はそのままのはずなのに。そうして、その新しい服で街に出たことを想像する。想像は街を歩くだけではおさまらず、新しいものであふれた世界に向かっていく。それは洋服屋さんだ。つまり、その新しい服を着て、別の新しい服を買いに行きたくなるのだ。それからまた、その新しい服を着て、さらにまた別の新しい服を買いに行きたい。毎日毎日、新しくなりたい。稼ぎはないので、そんなことは夢のまた夢だが、夢を見たっていいではないか。永遠に清潔な肉体をもって、更新し続けたい。

あたらしいぞわたしは、という有名なフレーズをもった現代詩がある。

荒川洋治先生の詩だ。

あたしいぞわたしは。

あたしいぞわたしは。

 

僕はとても強い気持ちになった。

街に出たくてたまらなくなった。どうして出られないんだろう。コロナめ。コロナのこの野郎め。

全部お前のせいじゃないか!

ふざけやがって!

おとといきやがれ!

 

僕は、服が好きだ。服を着たときに出たいと思う、街が好きだ。

やがてすべてが古くなっても、新しいものは、街に向かえばあるはずなのだ。