アオアルキルキア

不定期連載

我思うゆえに……

まだコロナではない日記。

 

リモートワークが続き、会社に出勤することがなくなると、この状況にもったいなさを思うことがある。スーツを着なくていい。髭もそらなくていい。部長や課長や執行役や取締役と会わなくてもいい。裸で働いたっていいのだ。

 

僕はまだ、髪の毛を染めたことがない。

 

先日、音声配信のアプリで、大学生と知り合った。彼は、髪の毛を緑色にしているのだという。音声配信なので顔はわからない。だけどその子の髪の毛が緑色なことだけがわかる。僕は緑色の髪の毛をした大学生を想像する。「学生のうちに」「学生だからできることなんで」そのようなことを彼はいった。たしかにそうだ。僕が今の会社で突然、緑色の髪の毛で出勤したら、何を言われるだろうか。想像すると恐ろしい。学生でいるうちに、僕もやっておけばよかった、などと思い、ふと気がついた。

在宅勤務の間なら……洗えば落とせるヘアスプレーとかだったら、いいんじゃなかろうか。

僕が今、髪の毛を緑色に染めたとしても、コンビニの店員さんぐらいしか、会う人はいない。まさかコンビニの店員が僕に「社会人としての自覚が云々」などとはいってこない。というかそもそも、まず会話をしない、接触もしない、接近もしない。

実は誰よりも自由なのではないか。

裸になり、髪の毛を緑色にして、体毛という体毛を伸ばしきり、部屋の中で、マキシマムザホルモンを熱唱しながら、仕事をしても、誰にも怒られない。体中におどろおどろしい模様を描いて、自分の血液で黒魔術をおこなったとしても問題がない。これはすごいことなのではないか。
僕は普段会社に行くからできないこと、外に出るから、人に会うから我慢していることをいくつも妄想してみた。ブラジャーをつけてパンティをつけてスカートをはいて仕事してもいい。スーツをびりびりに破り、特殊メイクを施して、自分はゾンビだと思い込んでもいい。あるいは自分は監禁されたクローンだという設定にして、どうやって脱出するかを考える独り芝居を演じてもいい。それを映像に収めてもいいし、あるいはおさめないからこそ役にのめり込めるかもしれない。

妄想は膨らんだ。

だが、どうも実行にうつす気になれない。

まずは裸。冷え性だし、部屋着でいるとダれてしまうので、いつもちゃんとした服を着て、靴下もはく。髪の毛はどうか。学生のときに髪の毛を染めなかったのは、どうしてか、思い出してみると、僕は染めたくなかったのだ。髪の毛は細かったし、痛むのが怖かった。周りの人からも「ならくんは絶対黒がいい」といわれてきた。自分で想像してみても、黒以外で似合う色が思いつかない。

さらにいえば、他に妄想したどれもこれも、別にやりたいわけではない。

体毛は伸ばすほどないし、呪いたい相手もいない、女装欲求もない、ゾンビになりたくないし、クローンよりは本体がいい。
むしろどれもやりたくないのだ。なんだかたんだいって、妄想したことは、全部普段やりたくないことだったのだ。
金をかけていいのなら、やりたいことはいくらでもあるが、別に金が自由に使えるようになったわけではない。自分がやりたい、やりたくないにかかわらず、社会人だろうが学生だろうが、妄想することは、最初から自由だったのだ。

 

僕は妄想の中で髪の色を変えた誰かになれればいい。それで十分だ。想像の中でなら、裸になっても黒魔術をおこなってもゾンビになってもクローンになってもいい。

 

普段できないことを、と想像したすべては、はじめから、頭の中で、できていたことだったのだ。