アオアルキルキア

不定期連載

お知らせ

緊急事態宣言が終わるまで意地でも更新を続けようと思いましたが、しばらくお休みします。いつも読んでいただき、応援していただきありがとうございました。note、twitterなどで様々なことをやってきましたが、公に活動できるという段階に入りましたら、全てを改め、発表の場を一本化した媒体で再開しようと思います。今までありがとうございました。

また会えることを祈って。

 

奈良 啓佑

児童文学のメモ(冒頭のみ)

1

 

朝になるといるんだ。緑色の変なのが。最初は僕にしか見えないなんて思いもしなかった。驚いて声をあげたら、お母さんもお兄ちゃんもおばあちゃんも目を丸くして言うんだ。

「どうしたのって?」

僕一人だけが椅子をひっくり返して腰をぬかして、あいつを見つめた。

「だだだって、え? なに、そいつなに?」

あいつは僕を見下ろしてニタリと笑いながら、僕のお気に入りのコンフレーク(ダンボのパクリみたいな象のキャラの)を片手で口まで持っていって、バリボリグシャグシャって音を立てて食べてる。

お母さんは高いからって言ってあんまり買ってくれないのに!

「そいつ何!なに!」

僕はリビングのドアまで逃げてお母さんたちに訊いた。

「そいつ?」

お母さんもお兄ちゃんもおばあちゃんもそいつのいる場所を見るけど、首を曲げて、僕に答える。

「どうしたの?」

「ゴキブリかなんかかね?」

「ええ!」お母さんが悲鳴をあげる。

「違うよすぐ横にいるだろ! でっかい、緑色の変なのが!」

緑色の変なのはコンフレークを逆さまにひっくり返して、一気に中身をかきこんだ。

もう12歳にもなるのでカッコ悪いことはしたくなかったんだけど僕はそいつが恐ろしくてさ、どんどんとテーブルから離れて、叫んびまったわけ。でもわかんないよな。みんな見えないみたいに、何もいないみたいにするんだもん。お兄ちゃんは「ヤクチューだな」って覚えたてらしい単語で僕をバカにする。

「こら!冗談でもそんなことを言うんじゃありません!」

お母さんは怒鳴って、おばあちゃんは笑った。

「ヨシ君は不良だねえ」

「ちょっと、お義母さんまでやめてよ」

わけわかんない。

僕からみれば、みんながヤクチューだよ!

だって、じゃあコンフレークはどう見えてるっていうのさ!コンフレークだけ浮いてるの?じゃあそれに驚くはずじゃないか。本で読んだけどジューリョクっていうのがあるはずで、大人たちはもっと詳しいはずなのに!

「お。お前ガキなのに、賢いな。2点やろう」

急に緑色の変なのがしゃべった。

僕は泣きそうになるのを必死で堪えていたのに、ゲームオーバー。涙がでちゃったよ。こうなるともうダメ。学校の怪談のいちおくばい怖い!!

僕は怖くなってそのまま自分の部屋に戻ってランドセルをしょってリ家を飛びだした。

 

小学校までの道のりを走りながら僕は緑色の変なのの顔を何度も思い浮かべては怖くなった。

寒くもないしプールから出たばかりでもないんだけど体がガタガタと震えるんだよ。我慢してたおしっこを一気に出したときの震えなんか、めじゃないんだ。

走れなくなって、うずくまるぐらい!

 

でも、僕は大変なことを思い出した。お母さんやお兄ちゃんやおばあちゃんを……

二〇十三年十月三日 iPhoneのメモ



本日の東京の感染者数 二一三人

毎日死ぬことにした

久しぶりに日記を書く。

 

昨日、引っ越して、初めて会社まで歩いていった。

会社からは一駅で行けるようになったので、試しに、歩いてみたくなった。

朝から天気がよかった。

グーグルマップで会社の住所を目的地にして、僕の部屋の新しい住所を出発地に設定した。経路が出て、僕の現在地が青い点になった。

音楽も聴かず、ただ向かった。

しばらく歩くと、子どもの鳴き声が聞こえた。ふと目を向けると、少し先にベビーカーを押す女性がいる。ベビーカーには赤ちゃんの他に、お姉ちゃんと思われる小さな女の子も乗っている。双子のベビーカー、というわけではない。ハンドルという言い方でいいのかわからないが、女性が握っている取っ手の部分、赤ちゃんが寝ているベッドの背中に当たるところで、女の子も同じようにハンドルを握って、器用に立っている。仁王立ちという様相に近い。小さな子供が竹馬でもしているかのように見える。が、恐らく足を置けるスペースが、ベビーカーの車輪の上に備え付けられているのだろう。お母さんが押し、お姉ちゃんは立ったまま、がしっとハンドルを握っている。赤ちゃんはただ泣いている。

ごろごろごろごろ、とタイヤは音を立てていた。

鳥の声が聞こえる。僕と同じようにスーツ姿の男性の歩く足音、ロングコートを着た女性の足音、色んな人が、同じ道をそれぞれの歩幅で進んでいった。きっとベビーカーを押す女性はお母さんで、保育園に向かっている。わかりにきったことかもしれない。でも違うかもしれない。すれ違うだけではわからない。

十分ほど歩く。

道なり。今まで見たことのない店もあったが、チェーン店もあった。初めて歩く道なのに迷わない。スマホは便利だが人を賢くはしない。自分で、十字路に何があるか、どんな道を歩いたか、記録するように眺める。

曲がり角から若い大学生と思われるカップルが出てきた。男の子も女の子も首から大きなカメラをぶら下げている。男の子も女の子もファッション誌からそのまま出てきたような風貌。女の子はカメラ以外にも首から何かぶら下げていた。カメラに使うものなのか、おしゃれな小さいポシェットなのか、判断できない。平日の朝早く、二人で並んでいるのだから、どこか近くに、どちらかのおうちがあるのかもしれない。ラブホテルに泊まったのかもしれない。男の子が、道端で風にあおられて膨らんだ、透明のビニール袋にカメラを向けていた。それは路傍のゴミだ。女の子は穏やかな顔で、男の子を見ている。僕は二人の名前も、年齢も何も知らない他人なので、ただ通りすぎる。五秒くらいの観察で、いったい彼らの何がわかるのか。それでも、幸せそうに見えた。ゴミにフォーカスを当てる彼らが幸せでなく、何が幸せなのか。

自分が学生だった頃もある。同じように好きだと思う女の子と一緒に朝を迎えて、街を歩きながら、その時に書いている小説の話をしたりしたこともあったはずだ。

僕が今それをしていないのは、もう学生ではないから。二十代ではないから。若くないから。その全部。年をとったというだけで、それぞれが経験した幸せがあるはずだった。それなのに、今、自分が一人であることに苦しくなる。キラキラとした朝を迎えられていないことがつらくなる。ゴミがゴミにしか見えない。そのことがさみしい。

ベビーカーを押す女性は僕より若そうだった。お姉ちゃん、赤ちゃん。そこにある家族を想像する。一人住み替えをして、いったい何かが変わるのか。会社に住所変更の申請を出した。結婚・離婚・その他と選択肢があり、変更前の名前や変更後の名前を書く欄もあった。住むところが変わっただけだ。自分でもどうして引っ越したくなったのかよくわからない。

 

もしかしたら、スーツを着て歩いている僕を見て、ベビーカーを押す女性が、僕を幸せそうだと思ったかもしれない。ごみ袋をファインダーに収めた彼や、その彼を見つめる彼女の方が孤独を感じていたかもしれない。

すれ違うだけでは誰のこともわからない。

僕は、僕とすれ違いたい。

ドラえもんコピーロボットという道具がある。人間のような形をした大きなロボットで、鼻がボタンになっていて、そこを押すと押した人とそっくり同じような行動をするという。

それを一日だけ借りてみたい。鼻のボタンを押して、朝、通勤途中の道ですれ違うように歩かせる。その僕を見て、僕はやはり苦しくなるんだろうか。幸せそうだと思うんだろうか。

すれ違いたいというのがそもそもおかしい。

自分が自分を見ることができないということに他ならない。すれ違う必要などない。自分を見るべきなのに、正視できない。この先、誰からも愛されない気がしてしまう。ポジティブなJポップが聴けない。それは全部自分を愛せないせいだと、頭ではわかっていても、実行できない。

 

「幸せになって欲しい」と友人たちによくいわれる。いわれるたびに考えるが、自分にとっての幸せがなんであるのわからない。誰からも嫌われたくないし誰のことも傷つけたくない。自分を含めて傷つきたくないせいで皆に好きといってしまう。だがその好きがみんな一緒なので、もはや好きになるということが何だかわからない。反対に、この人こそ自分を受け入れてくれる、この人のことが一番好きなのだ、これが愛に違いない、本当に違いないと心を込めて向けてみるが、そういう気持ちがすべて見透かされているせいで誰からもその言葉を信じてもらえず、受け入れられることはない。傷つきたくないので、受け入れられなかったことを受け入れられない。悪循環というよりはもはや、途中で投げ出した負の連鎖をいくつも抱えて違うマイナスをまた作りだす。ああ、この人もダメだった。結局僕が好きになる人は僕を好いてはくれないと思う。セカンド童貞どころじゃない。何回目の童貞を、あと何回繰り返したらいいんだ。あほか。

 

昨年の今頃は、わりと前向きに、自分にも自信が持てていたように思うが、最近になってまた、自分の家族をいよいよ愛せなくなって、なんだかすぐに暗い方面へと引っ張られてしまう。婚約までしてうまくいかなかったことや、自分の家族がろくでもないと、愛だとか幸せだとかが自分にはこの先一生たどり着けない別の世界の出来事のように感じてしまう。あらゆることに自分の自信がなくなる。

 

引っ越しまでの間、せこせこと本棚にある本をつめた。本を入れた箱は重くて、一箱でも持ち上げるのが大変だった。

ベッドは二つに分解できた。足もついていて、取り外すこともできるものだ。ロフトのある部屋にもっていくと決め、ロフトの上にベッドを運べればいいな、と考えた。でも梁があるので、つっかえてしまう。梯子から直接そのベッドを運び上げることはできない構造になっていた。下の部屋から、梯子を使うことなく二メートル程上のロフトまで持ち上げないといけない。踏み台を使えば何とかなるだろうと高を括っていた。しかし、大きくて重いベッドのパーツを、肩より上へ持ち上げるのは僕には至難の業だった。僕には力が全然ない。当日、引っ越しのお兄さんたちと協力して三人がかかりでなんとかやれたらいいや、と考えないようにした。

でも引っ越し当日。

お兄さんたちはいともたやすくそれをやってのけた。

一人がロフトに先に上り、もう一人が下からそれを持ち上げた。まるで豆腐を持ち上げるみたいに軽そうに見えた。お兄さんたちは、踏み台なんて、発想すらなかっただろう。二人ともすごく背が高かった。本をたくさんつめた箱も、引っ越しのお兄さんたちは二箱ずつ運んでいた。信じられなかった。一箱でも、僕は持ち上げるのがやっとだった。

 

僕は、男性でいる自信もいつもない。男性の力に直面すると「誰のことも守れない」と激しく思う。体を鍛えている男の子に「蹴ったら折れそうだ」などといわれたこともあった。ただ傷つくだけで、筋トレをしようとは思わない。自分を変える努力ができない。情けない。若いとき、暴力を振るわれても、やりかえすことができなかった。自分が父親になったとき、子供を守れるのか。そんなことまで考えると、そのたびに死にたくなった。

それは、考える必要のないことかもしれない。

「女性は別に守られるような存在ではない」「それは傲慢だ」という声があったとしても、僕にとっての女性はいつも弱く、泣いてばかりいる母の姿がこびりついている。母の「旦那のせいで不幸になった」「結婚しなければよかった」「おまえたちさえいなければよかった」「私はすべてを犠牲にしてお前たちを選んだのから、お前たちが私を幸せにしろ」という呪いがどれだけ年をとってもぬぐえない。はきそう。

 

さて、こういうことの全部が最近特にうっとうしいので、僕は一度、死ぬことにした。

皆さん、今までありがとうございました。

 

これは遺書でした。

太宰治に憧れすぎだろ。ばかか。

僕は死んだ。歯を磨いて寝る。

 

明日から、もう母も知らない。兄も知らない。婚約破断したことも知らない。傷つけた子も傷つけられた子も知らん。畦道も吉祥寺も婚約指輪も美術館もミッドナイトも朝帰りも過去は全部もう知らん。そいつは死んだからな。僕には関係がない。

僕はもうすごいな。

いきなり三十五歳だ。今から起こることは経験でできたことじゃない。勘でやれる。すごい。どこの世界に、いきなりスーツ着て会社に行ける赤ちゃんがいるか。天才じゃねえか。すげえ。一回死ぬとすげえ。ベビーカーで泣いていた赤ちゃんが僕だった。新しい母とすれ違っていた。母は別に誰だっていい。

僕は目に見える世界から、いくらでも生まれなおせる。

僕は幸せそうに見える必要はない。生まれたばかりだ。まだ何も知らなかった。これから誰かを好きになるかもしれない。朝起きてゴミを写真に収めちゃうかもしれない。いきおいで環境保護活動をはじめちゃうかもしれない。なんかよくわからないまま持ち上げられて立候補しちゃうかもしれない。筋肉ムキムキの百八十センチの引っ越しのお兄さんにもなれる。僕はこれから人を愛せる。自分を愛せる。何故なら俺は明日生まれるからな。幸せかどうかわからなくて当然だ。愛なんてわからなくて当然だ。僕はまだ、それを知らなかっただけ。僕はただ、新しいだけだ。

しんどくなったら何度でも死ねばいい。また生まれればいい。むしろ毎年死ねばいい。毎年死ぬなら毎年結婚したっていい。おお、すごいなこれは。貯金なんかいらねえ。宵越しの金は持たねえ江戸っ子だからな。夜明けまでの命は持たねえ。毎日死ねばいい。そうすればどうだ。すごいことに気がついたね。毎日死ぬなら、電車ですれ違っただけの会話もしたことのない女の子を愛したっていい。そこで人生が終わるならその愛は本当だ。これはやばいのか? 画期的なのか? それとも末期か? 毎日一回遺書を書こう。ポジティブなのかネガティブなのかわからねえ。だがもはやどうでもいい。毎日が命日で毎日が誕生日だ。すごい。不死身だ。僕は不死身になった。どんとこい、不遇。どんとこい、無常。ハロー、玉川上水。グッドモーニング心中。グッドナイト自殺。そうして明日はいつも、はじめまして、世界。

明日、人生がまた、はじまる。

 

(本日の東京の感染者数 二七五人)

ミネトンカは、はかない

 

ミネトンカは履かない。

 

 

小動物?りすとか、あとは猫?っぽいだとか言われるけど、全然ピンとこないな。でももしかしたらアタシには見えない首輪があって、冷たい鉄でできた鎖が、あ、首輪自体ももちろん鉄で、だからピンク色の痣とかも首にはあって、もちろんそれも見えなくて。あ、アタシ今、もちろんって2回も言った。ほんとだ。口癖だ、まじで。佐藤さんよく聞いてるなー、ウケる。…でもちょっとキモい。

緑色の感熱紙がクレジットカードの処理端末からデロデロと出てきて、高井さんがそれを千切った。

「つーか飼いたいもんミッチー。うちで飼いたい」

で、続きを言った。

続きって言うのは、アタシが猫周辺の哺乳類に似ている、という感想(?)っていうか感動(?)の、セリフ、の次に放たれた、という意味だ。

アタシは猫だとか飼われるだなんて言われてしまったら孤独感に苛まれた父親の束縛がとうとう外部に漏れ出してしまったのか、と不安になりながらも、笑った。

「あ、マジですか。飼われようかな」

 

どうやって作るかなんて考えたこともないけど

 

 

孤独感に苛まれた父親がいる。

 

あの人の後ろ姿って、どんなんだったっけ。

 

 

 

「香織って、足音だけでわかる」

「前も言われたわ、ソレ。たるそうってことでしょ?」

「うん、にじみ出てるね、生きるのだるい、みたいな」

 

好きな人が恋人を作ると同時期に夢を諦める。

 

岡田……主人公。あまりしゃべらない。周りの人間がいうことをよく聞いている。

覚えている。

好きな音楽は大学時代の彼が聴いてたものを聴く。

特に詳しくない。

演劇を少し観る。

実家暮し。

23才。

内定が取れずにバイトする。

文学部。

でも古典は読まない。今の人を少し読むくらい。

あらゆることに熱がない。

断わらない。否定しない。

竹田に恋をしている。

でも明確に書かずに読者にわからせる。

あいさつをしてみる。

優しいですね、といってみる。

CDをかりる。

メールを送ってみる。

恋人ができた-泣かない。

夢を諦めた理由がそれなのかと思ったとたんに、泣きだす。

 

竹田……岡田と同い年。顔はいいが、暗い。バンド活動の傍ら働く。洋楽をたくさん聴く。

オアシスが好き。最近邦楽も聴き始めている。

ビートルズだと何が好きなんですか?」

「僕にそれを聞きますか!?きいちゃいますか!?」

 

佐藤……「僕はね、30で死ぬんすよ」

 

木村……「そうですか?」


二〇一二年六月三日のiPhoneのメモ

 



本日の東京の感染者数 一七八人




戯曲のメモ

A


校舎の裏、まりとあみが二人、体育座りして、向かい合っている。まり、ふと思いついたように立ち上がる。

まり「今からうたをうたいます」

あみ「え」

まり「歌います」

あみ「あ、はい。」

まり「わたし、今から歌を」

あみ「や、だからどうぞ!って」

まり「そう?」

まり、微笑んで「ありがとう」

あみはまだ座ったまま。

あみ「まじめんどくせー」

まり「ごほん。むねぇーに、つけーてる、マークはー……」

まり、首をかしげる

あみも、怪訝な顔で、見上げる。

まり「おほん、むねぇーに、つけーてる、マークはー…」

あみ「?」

まり「…マークは……?」

あみ「(思わず)りゅうせい」

まり「あああああああ!!」

ーーほぼ同時に

あみ「わあああああ!!」

まり、叫びながら崩れ落ちる。

あみ、後ろへ飛び退きながら。

まり「あああ!」

あみ、ぐるぐるとまりのまわりを弧を描くように歩きながら

あみ「なんだよなんだよなんだよ!!大声出すなよびっくりするからさああー!!」

まり「ひどいなんでうたったのよ!!なんで!!」

まり、ぐるぐると回るあみを目で追う。まり、弧を描くあみにならうように歩きだす。

あみ「だってあきらかに、どもったじゃん!!だって!!」

まり「なんで歌ったのよ!!」

二人、お互いを気にしながら、ぐるぐると円を描くように早足で回り続ける。

あみ「ごめんって」

まり「なんで殺したのよ!!」

あみ「ごめんって!!」

まり「え、殺したの?」

あみ「は、何が?」

まり、目を輝かせてつめよりながら

まり「マジで?なんで殺したの?なんでなんで?」

あみ「え、何を?誰が?誰を?何の話?」

まり「いや、え、殺したって、いったよね?」

あみ「一言も言ってないけど?え、なんなの?頭おかしくなったの?ちょっと前からおかしい子かもしれないと思ったけど気のせいだと誤魔化していたけどそれは私の優しさだったの?」

まり「ん?」まり、立ち止まる

あみ「ん?」あみ、立ち止まる

まり「待って待って待って」

あみ「待ってるし、てか動いてねーし、どこにもいかねーし」

まり「冷静になろ」

あみ「極めて冷たく静かだし」

まり「え、それ怖いやだ」

あみ「どっちだよ」

まり「…あのね、なんで歌ったのって怒ったわけ、さっき、うち」

あみ「うん知ってるし」

まり「……その、なんとかし、って、語尾にし?つけるの、やめない?超感じ悪いんだけど?」

あみ、睨みつけて

あみ「はあ?むしろやめねー。やめねーし!しししーし!」

まり「は、なに、しししーしって」

あみ「やめねーしのアクセントで

しししーしだよ!死死死ー死だよ!わかれよ!おまえ日本人だろ?モンゴロイドか!ワンダーガールか!」

まり「…あのね、なんで歌ったの?って怒ったあと、うち、なんかわかんないけど、いきおい?で?なんで殺したの?みたいにいえば、自白とか引き出せるんじゃないかな、って、思ったの、あの瞬間に。で、ごめんって、あやまったじゃん?それって、完全にボロ出したっていうか、自白したことにさ、なんない?」

あみ「つーかまず誰も殺してねえのに自白できねえから!」

まり「え?ほんとに殺してないの?」

あみ「ばか?ねえ、ばかなの?君はほんとにばかでござるの?」

まり「えー、ござるとか、傷つくー」

あみ「そこじゃなくね普通!ござるに傷ついてどーすんだよお前、戦国時代いったらしゃべる度傷つくわけ?」

まり「戦国時代いかないもん」

あみ「てか人殺しの冤罪の方がずっと傷つけてると思いますが、気は確かなの君は?」

まり「やー、血管うきでてるー。こわいー」

あみ「……ぴかーん。あたし気づいた、あたし超優しかったわ。あたまおかしい子にあたまおかしくない人と同じように接してた少し前のあたし超優しい」

まり「全然優しくない。続き歌ったときから微塵も優しくない」

あみ「だからごめんなさいっていってんだろーがよ!!つーか!!」

まり「なですか!!」

あみ「つーかつーかつーか!なんでウルトラマンなわけ?」

まり「そこが私のセンスだよね。修羅場に歌うウルトラマン、みたいな」

あみ「知らねーしお前のセンスとか!歌えるわたしにもびっくりしたし歌ったあたしが怒られんのもマジ意味プーなんだけど褒められるポイントだと思ったんだけどマジで!!」

まり「ていうかさあ!!

あみ「なんだよ!!」

まり「まーひーじゃない?うちら?」

あみ「ま、まーひー?」

まり「うん、なんかこんな意味わかんないことに熱くなってさ、超まーひー」

あみ「まーひーってなに、何語?」

まり「ああ、ごめんごめん。コンサバ女子てきな雰囲気でちゃってるから使っちゃうのね、うち、そういうナウいフレーズ?」

あみ「んん?んんん?でた!!意味不明なでた!馬鹿ふたたび!!単語いっぱい来るねきたね?全然

 

 

 

うわ、なにこれ、新しい修羅場パターン?

新世界へようこそパターン?

 

 

ほとんどかわんねーよな

かわんねーんだよじつは

 

間違ってるかどーか、何でお前が決めんだよ

 

酒のんだあと、鼻くそすげーとれない?

酒のんだあと鼻の穴に指はいれない

 

 

トムくんは音楽を聴く人だとする。でもジャズやクラシックは聴かない。でも聴いたことがないわけではない。

 

コーヒーが似合うと言われたとする。確かに好きではあるが自意識がかかわってくる。

コーヒーが似合うといわれたくて飲んでいるように思われたくはない。

 

あたしはここにいるし!自分探しとか、馬鹿じゃねえの?

 

 

ベスパとかに乗っていて欲しいと言われる

どちらかというとカブが好きだ。っていうか免許持ってねえし。

 

 

(ニ〇一ニ年六月三日 iPhoneのメモ)

 

 

 

本日の東京の感染者数 ニ七二人

 

iPhone  高橋  啓佑

いつかの断片 (2)


「おーい、ふつーの佐藤くん」

「って言われて、佐藤正男くんはふりむいたんだよ。なんかさ、え、なにそれ?って思ったわけ。だってわかんないじゃん、その時点では。俺も佐藤だし正男くんも佐藤なんだから。だから、きいたわけ、え、なんで振り向いたの? それは、アレ? 俺よりはふつーっぽいってこと?あるいはふつーイコール正男くんのアイデンティティなの?って」

「いや、とりあえず佐藤ってきこえたんでふりむきました」

「あ、そう。でも、じゃあ、ふつーの佐藤であることに迷いはなかったんだね?」

「そうですね」

「え、あ、そうなんだ。え、だとするとさ、佐藤くんを普通たらしめているのはなんなの?」

「てか!」

「え」

「てか智治はさ、ふつーだと思ってるわけ!?」

「え、ふつーである可能性はあるよね」

「いや、変だろお前は。なあ正男くん」

「え、あ、わかんないです」

「いやいや、でもあの段階ではさ、わかんないじゃん?って、話をしてるわけ。っていうかまずその区別なんだよ!名前で分けろよ!」

「いや、お前は変な佐藤だからさ。あ、これほめ言葉じゃないから」

「わかるし」

「え、でも変って言われてちょっと喜んでる感じあるよね?」

「ねえし!」

「変って言われてちょっと嬉しいの、別に変じゃないから。個性的って言われて嬉しい感じに思うのは天才と狂人が紙一重みたいな都市伝説を信じた新世代の勘違いで、俺ら
その世代だから別に、ふつーだから。喜ぶのは。でも俺の言ってる変って言うのは喜んでる場合じゃないぐらいの、変っていうことだから。気狂いって言われて喜んでるようなもんだから。それで喜ぶのは、ちょっと、キモいから、やめときなよ」

「なんか、よくわかんねえけど?」

「だって君さあ、人じゃないでしょ?」

「は?」

「‘変’でしょ?」

「ん? なに? わかるようにいって」

「だるいな」

「は? え、ちょ、いまのきいた? こいつのいまの、きいた?」
「きいてないです」

「いや、そこきけよ」


過去のiPhoneのメモ。
(読みながら、改行したせいで更新されてしまい、日付不明)



 

 

今日の東京の感染者数 三二七人


いつかの断片

 

 

 

同じ言葉しかいえないロボット

バス停のようにずっと同じ位置に立っている。

 


「あ、僕ですか? 僕は、元犬です。貴方は?」

「猫です」

「まるでボーイミーツガールですね」

「どこが?」

「よく言われてるじゃないですか、犬と猫って、忠実、従順とか自由気まま、奔放とか、まるで性別みたいに、対照的なものみたいに」

「じゃあ、こういうのは知ってますか?」

「どういうの?」

「これは、人が言ってるんですけどね」

「はい」

「犬好きの人は、猫のような恋愛をするそうです」

「ほほう」

「ということは、猫好きの人は?」

「犬のような恋愛をするんですって」

 


「僕ですか? 僕はとかげです」

「トカゲ」

「トカゲさんは

 

 

 

「あの、すごいことに気づきました」

「なんでしょう」

「大塚さんって、優しいんですね」

「は?」

 

 

 

「優しさに気づける人が、優しいんです」

「そうですか、いまじゃあここ、やばいですね」

「やばい?」

「優しい人しかいないじゃないですか」

「じゃああれですね、ここ、天国ですね」

 


形があって、

人になる

 


じゃあ約束しませんか?

約束?

人になったあと、会いましょうよ

 

 

 

会った人に

 


無理無理、記憶消されるんですよ

 


バファリン越えましたね」

「風邪薬」

「半分は優しさって」

「はは」

 


「合言葉を決めようか」

「絶対言いそうもないけど、普通の会話で出てくる言葉にしよう」

「たとえば?」

「たとえば、好きなものは何ってきかれたら」

「ああ、それはきっと、みんな、一回くらいはきかれるかもね」

「一回どころじゃないかもね」

「そういうやつを決めようよ」

「じゃあ、愛が好きっていおうよ」

「え?」

「きっと誰も言わないよ」

「そうかな、キザな人はいいそうだよ。あとは童貞っぽい作家とか」

「いいそういいそう」

「キザな人は、愛してるっていうかもしれないけど、愛が好きとは言わないよ、きっと」

「なるほど」

「童貞の作家はよく、わからないけど」

「っていうかまあ僕らも童貞だからね」

「私は童貞じゃないよ」

「え?」

「女だもん」

「ああ、そういう意味か」

「色々びっくりしたね今」

「ほんと、男子って生まれる前から子供だね」

「いや、それおかしくない?」

「愛っていう名前の子を好きだったら、いうかもよ」

「急に話戻ったね」

「じゃあ」

「じゃあ?」

「愛するのが好き」

「おお」

「絶対誰も言わないね」

「きっとね」

「じゃあ、それで」

「何が好きって、きかれたら」

「愛するのが好き」

 

 

 

「何がほしいか聞かれたら愛が欲しいっていうことに決めてる」

「きめんなよ」

 


前世じゃないですよね、これ

たしかに

今世だね

「プレ前世?」

 

 

 

 


「好きって言われたら好きになっちゃうんですよ」

「何それ。手当たりしだいに好きっていう人だったらどうすんの?」

「それはさすがにわかります」

「でもその人にいわれてもなんないってことだね、嘘じゃんもう」

「その人が嘘なんですよ」

「そうかな、好きって思いは本当だけど、軽いだけでしょ」

「そんなの、無差別テロじゃないですか」

「はは」

「誰も幸せにしない」

 

 

 

最後に

並べられたお菓子を見ながら

「ねえ、何が好き?」

 


で終わる。

 


本と映画

書店と映画館

 


なんか延々と続くの、あれ、

すげーねむくなんだよあれ、すげー眠くなんの

 

 

 

 

二〇一七年五月八日、iPhoneのメモより

 

(本日の東京の感染者数 三五三人)