アオアルキルキア

不定期連載

降り積もるSuica

 

Suicaで、改札機や自動販売機に触れたときになるピッという、電子音が好きだ。

 

触れたこと以外に何も伝えない音は、僕たち人間には言えない「声」のような気がする。

誰かに手が触れただけで、僕たちはわざわざ、何かを言わない。

かわりに僕たちには感情がある。

だから触れた相手への思いにそった感情が、触れたその人と、触れられたその人、それぞれ個々に発生する。

触れた相手のことをどうとも思っていなければ、何も思わないだろう。

もしも僕たちも、何かに触れた瞬間、器械的に声が出るとしたら不便だ。

でも、

たとえば、たまたま同僚や友人と手が触れてしまった、そのとき初めて、異性だと感じることだってあるかもしれない。

思春期なんてその連続だ。

手が触れたその瞬間に、男の子が「ピッ」って声を出したら、とてもかわいい。

手が触れたその瞬間に、女の子が顔を赤らめて「ピッ」って言ったら、男の子はきっとその子を好きになってしまう(かもしれない)。

 

機械であるから、電子であるから、感情のない平坦な声になる。

優しく触れても、叩くように当てても、ピッという音は変わらない。

感情がないとは冷たいことのように思うけど、

自分がどんな状態でも、変わらない「声」に、どこか安心したりもする。

 

他の人はどうだか知らないが、

Suicaの電子音が妄想のスイッチにもなることもある。

並列して歩く赤の他人同士が、一斉に「ピッ」と音を立ててゲートを通過する様は息の揃った演奏みたいだ、と思う。

どうでもいい一瞬が、劇的に見えてくる。

まさに「ピッ」っという音で、僕の妄想が始まる。

 

男の子、女の子、サラリーマン、オフィスレディ、妙齢の紳士淑女、ご年配の大将に貴婦人、そういった老若男女が横並びになったいくつもの自動改札機に、だいたい同じ歩幅で、通過しようとしたとき、それぞれのSuicaの残高が全員、1111円であったとき、突然JRの改札はまばゆい光に包まれて……

 

ピッ

 

と鳴って、

今、ほら、新しいファンタジーが始まった。

 

 

 

 

 

 

降り積もるSuicaの中で愛しあう ピッピッピッと手と手重ねて