アオアルキルキア

不定期連載

北枕で右往左往

 

験を担ぐ。ジンクス。吉兆。言霊。迷信。占い。正夢に予知夢。呪いの手紙、チェーンメール。そういった科学的根拠のないものに対して、僕はいつも曖昧な態度をとってしまう。曖昧というか、都合よくとらえるというか、信じたり、信じなかったりが、まちまちで、はっきりとしない。

「そういうこと、全く信じていないのよ」とスナックのママみたいにグラスに注いだ焼酎片手に言いきりたいものだが、時折、信じてしまうものがあるために、かっこつけられない。潔くない。

 

縁起が悪いことの多くは、死の気配がある。

ご飯に箸を立ててはいけない。二人箸もいけない。夜、爪を切ると親の死に目に会えないというのもある。

縁起が悪いからやってはいけないというが実際は、故人を思い出させるがゆえに見たくないだけではないのか。僕はその多くを、注意深く気にしていない。信じてない、迷信だと高をくくっている。

朝、爪を切る暇なんかないし、伸びていると気がつくのが朝であっても、家に着いたらもう夜だ。だから夜に切る。ご飯に箸を立てたりはしないが、それは行儀が悪いのでやらないだけで、いちいち葬儀を連想していない。二人箸もまずやる機会がほとんどないが、やった瞬間お互いが譲ろうと箸を離すだけではないか。「わんわん物語」で一本のパスタを端と端から食べるやつと同じだ。本屋さんで、同時に同じ本に触るやつだってある。同じものを掴んで同時にハッとするってむしろときめきではないのか(ほとんどやったことないから、適当にいっているだけだが)。

葬儀は葬儀。

所作は所作。

関係ない。

ここまでいうと「そうか、君はリアリストだね」ということになる。そうだといいたい。そうだといいたのだが、どうしても、僕はどうしても、北枕で眠るのが怖い。

 

北を枕にしてしまうと縁起が悪い。死んだ人がそうするからだ、という謂れをよくきく。

ははは、そんなの迷信だ。いくらだって寝てやれる。そう思っていた。

まだ実家に暮らしていたころだったと思うが、あるときから急に、もう、あほみたいに、恐ろしいほど、それこそ死ぬほど、悪夢を見まくった時期がある。うなされた。人の叫び声やうめき声で目を覚まし、寝汗が尋常じゃなかった。金縛りにあい、体が動けない中、少しずつ何かの影が迫ってきたこともあった。あんなに恐ろしかった日々はない。ショッピングモールで通り魔に刺される夢を見た。物凄いリアルに殺される夢も見た。死ぬほど死んだ。毎日見たわけではないが、あまりにも頻度が多かったため、何が原因かを考えた。その時ちょうど北枕の謂れを思い出し、コンパスを持って調べてみたら見事に北枕だった。模様替えをして、枕の位置を変えたら、嘘みたいに悪夢を見なくなった。今でも原因が全くわからないので、北枕のせいだったと思う他ない。僕は何かに連れていかれかけていたのではないか。謂れを実感してしまった。あれ以来、何度模様替えをしようと北枕にしないように心掛けている。それはもう、注意深く気にしている。枕の向きを変えても、たまに悪夢は見るので、むしろ普通に呪われているだけかもしれないが(いったい何に)、北枕だけは、怖くてたまらない。

 

とここまで書くと「そうか、君は信心深いのか」などといわれるかもしれない。いやいや、さっきと反対ではないか。北枕だけを信じているというのもまた、おかしい。体験したことだけを思いこむ。全然信心深くない。浅い、浅はかな信仰心だ。どっちなんだ、はっきりしろよ。

 

最近、僕はもっとはっきりしなくなった。

北枕。実は風水的にはいいというではないか。

なんだそれ。

じゃあ僕が、お金を貯められないのは北枕にしなかったせいか。呪われるのは怖い。でも貧乏も怖い。どっちにしたって怖い。枕の向きで、右往左往する。迷った挙句、僕はポンっと閃いた。

横に寝かせた枕じゃなくて、垂直に安眠できれば一番いいんじゃない? すごくない? コロンブス目から鱗じゃない? 立って寝ればいいんじゃない? ……でも待って。垂直で眠るってどこかで見たな……あ、キリストじゃん! 寝てるっていうか、死んでんじゃん! でも待って。復活するな。っていうか神じゃん。縁起超越してんじゃん。でも待って……。

 

……縁起が良いのか、悪いのか。

いつまでも、枕の向きが決められない。