アオアルキルキア

不定期連載

携帯する思い出

 

僕が初めて携帯電話を手にしたのは中学三年生だ。

都立高校に入学したら持たしてやろう、と親はいった。併願で受けた私立高校だと、かかる費用がだいぶ違う。

「そんなところに通うようになれば、家計は圧迫されて、携帯代なんて払えないからね」と脅された。脅されたけれど、僕は特に頑張ることもせず、入れそうな都立高校を選び、普通に合格した。

僕が小学生ぐらいのときはポケベルが話題だった。その時僕の兄や兄の友達が広末涼子のポケベルのCMにマジで恋する五秒前で、直ぐ二、三年で携帯電話が普及していった。今でこそ携帯電話を持つことは当たり前だけれど、二十年位前はまさに黎明期だったのではなかろうか。

携帯電話を初めて手にするタイミングは人によって、家庭によってまちまちで、当時の大人もそうだったのだから、思春期の子供たちでは、持っていない子も多かった。

だから「志望校に受かったら携帯電話を買ってもらえる」というのは、僕たちのあいだではわりとよくある口実だった。それぞれの進路が決まり、ご褒美をもらえるクラスメイトもいれば、ケイタイを買ってもらえずに卒業する子もいっぱいいた。

僕はぎりぎり卒業前に買ってもらえた。

「安い学校に合格したんだから買ってくれ。高校はいる前に欲しい」と無理を言い、いよいよ親と携帯電話を買いに行くことになった。中学校卒業間近で授業も少なく、早く終わる日だったと思うが、隣の席の女の子についつい嬉しくなって報告した。

「今日俺ケイタイ買いにいくんだー」

僕のクラスの中でも、持っている子はまだ少なかったけれど、隣の女の子は持っていた。

僕は全然モテなかったし、さえないタイプだったけれど、その子とは仲が良かった。彼女はかわいらしい、明るくて、裏表のない女の子だった。男の子からも女の子からもモテていて、ませてもいたから、きっと彼氏もいただろう。だけど僕はその時別の女の子が好きだったし、かわいい女の子友達、という感じだった。その瞬間を今でも覚えている。

「今日俺ケイタイ買いに行くんだ―」

「うっそ! マジで! じゃ、かなの番号最初に登録して!」

突然そんなことを言われてとてもドキドキしてしまった。その子は自分の名前で自分のことをいう子だった。

「あ、うん。いいよ。明日持ってくるね」と僕が言うと彼女は身を乗り出して続けた。「え、遅いよ。てかさ、かなの番号もう教えとくからさ」といって、彼女は僕の手を掴んで、僕の手の甲にマジックで電話番号を書きはじめた。

 

手の甲に滑るマジックがくすぐったいせいか、女の子に手を触られているせいか、めっちゃくっちゃ、どきどきして、たまらなかった。

 

当たり前だけど、僕のこと好きなのかな、って思った。

いや、当たり前だよね?

思うよね?

思ってしかるべきだよね?

 

まあ、なんにもなかったし、彼女は僕が彼女の番号を最初に登録したらそれで満足だったみたいで、その後にメールをやりとりするとかは、まったく、なかったんだけれど……。

 

携帯電話を初めて持ったのはいくつのときか。

その時のときめきをときおり、僕は携帯している。

 

彼女は今、元気でやっているかな。