アオアルキルキア

不定期連載

ウルトラ見てしまう

今日も出社した。

 

お昼休憩のとき、のどが渇いたので、ペットボトルの、ほんのりレモンの味がする炭酸を買った。つい癖で、まだ中身があるのに、外側のラベルをはがしてしまった。

僕の住んでいるところではペットボトルを捨てるとき、ラベルをはがさないといけない。すぐに飲み干せるようなペットボトルを買うと、条件反射でラベルをはがすようになった。それで、職場の休憩室にいながら、まだ中身があるにもかかわらず、炭酸水の入ったペットボトルのラベルをはがした。透明な炭酸水は、無数の小さな泡をゆっくりと上へ、上へと浮かべていた。

思わず、じっと見てしまった。

 

僕は昔から、その理由はわからないけれど、とにかく、じっと見てしまうものがある。

たとえば、火。

これは、なぜだかわからない。火傷をするような、それどころか、命さえも奪う可能性のある危ないものなのに、メラメラと静かに燃えている炎は美しい。夏の夜の焚火だとかは、その典型。ぱちぱちと時折音を立てて橙色に周囲を照らす。風があろうがなかろうが、炎の形は、常に一定でなく、不安定。その様子を、じっと見てしまう。

飛んで火にいる夏の虫という言葉をそのまま絵にしたような有名な日本画がある。「炎舞」というもので、作者は速水御舟(一八九四―一九三五)という日本画家。一家に一枚あるべきだとさえ思うほど引き込まれて、時間を忘れて見つめてしまう迫力がある。炎に、とりつかれた人の絵なのではないか。

たとえば、水。

寄せてはかえす海でもいい。せせらぎが聞こえる小川でもいい。海辺や川べりに座って、波の音やせせらぎを聞きながら、じっとその動きを見ているだけで、一日過ごせてしまう人もいる。自然でなくてもいい。昔の洗濯機は、上から洗濯物が洗われていく様子を見ることができた。二層式というものだ。僕の実家でも、昔使っていた。低い音が鳴る中で、右にぐるぐる回って、しばらくすると左にぐるぐるとまわる。脱いだ服がぐるぐるぐるぐる、浮かんでは沈み、泳ぐようだ。その様子をじっと、見てしまう。

先ほどの速水御舟と同じように、波や海、水の動きに取りつかれた人もたくさんいる。現代の日本画家、千住博さんは「滝」の絵が有名。絵を言葉で説明するとしたら、黒い背景に白い滝がある、としかいえない。でもそれだけなのに、息をのむ。見る人の時間をとめる。この人は、水にとりつかれたのだろう。見た人は、千住博さんの、絵にとりつかれてしまう。

たとえば、雪。

室内にいたら、必ず足をとめて、窓から雪を見る。音もなく、無数の小さな粒が、落ちていく。少しずつ、少しずつ世界を白くしていく。外を歩くのは寒いけれど、家の中にいるときなら、大人になっても、ちょっとわくわくしてしまう。

ついでなので、雪を描く画家のことも紹介する。モーリス・ユトリロ(一八八三―一九五五)。ユトリロは、時期によって画風が違う。画業に色んな時代を持った人。その中の一つに「白の時代」がある。白ばかり塗った時期。雪ばかり描いた。降っている最中の絵ではない、雪に埋もれた街が多い。積もったあと、雪が動かなくなった様を描く。

雪は、動かないでもじっと見てしまうということだ。

 

たとえば、絵。

もしもこれを読んだ人で、今日僕が紹介した画家を知らなかった人がいたら(ほとんどいないと思うが)、その人たちの絵を、見てみてほしい。きっと一日、見ていられる。火を見たり、水を見たり、雪を見たりするのと同じように、時間を忘れられる。

もしもこれを読んだ人で、どの画家も知っているという人は(それが大半だろうが)、思うことが色々あるだろう。こんなに有名な画家たちを,何を今さらお前が語るか、などと思うかもしれない。

絵は、色んな人がじっと見る。じっと見れば、思うことも色々ある。僕とその人の思うことの色々が、違うのも仕方がない。お互いその絵をじっと見た証拠になるから、いい。

 

さて、たとえば、炭酸。

バンド、相対性理論に「ウルトラソーダ」という楽曲がある。恋心と現実、世界の終わりと自分の内実、やるせなさ、どうにも予想ができない未来、そういったことの全てが炭酸水のようだと歌う。以下に歌詞の一部を引用する(作詞:ティカ・αさん)

 

――(中略)見たことあるような 聞いたことあるような/言ったことあるような それはデジャヴ/見たことあるような 聞いたことないような 言ったことあるような それはデジャヴ (中略)

しゅわ しゅわ しゅわしゅわ弾けて消えた ――

 

本来は飲むだけのもの。

飲むものを、じっと見てしまうのはその泡が、どこへいくのかわからないから。

どんなふうに動いて、どこで弾けて消えるのか。無数の粒には無限大の動き方がある。それが音もなく、小さく、繰り広げられている。とっても不思議なことだ。

ペットボトルも炭酸水も人が作った。だけど、この小さな泡の一つ一つがどうやって動くのか、そのことだけは誰も知らない。どこかで見たようで、でももう二度と見ることのできない現象。

僕はその泡を、じっと、見てしまう。

 

 

(本日の東京の感染者数 九七三人 NHKニュースウェブより)