アオアルキルキア

不定期連載

平熱の嘘

まだコロナではない日記。

 

リモートワークも慣れてきた。慣れてきたというのは、気の抜き方がわかってきたということだ。始めたときは、休まるときがなく、最初から最後までずっと仕事のような気がしてしまっていたが、最近はちょこちょことサボることを覚えてしまった。五分とか十分くらいだが。アパートから出て自動販売機に缶コーヒーを買いに行ったりお皿を洗ったり部屋を掃除したり、仕事と関係ないことをやることで息を抜くというか、いい塩梅に手を抜くというか、こんなこと書いていて、上司がこれを読んでいたら怒られてしまうかもしれない。

全部嘘です。

 

さて、コロナが流行りだして、僕の会社では検温が義務付けられた。

僕の会社では毎日就業システムに打刻をするのだが、その備考欄に自分の体温をそえなければいけなくなった。どう考えても風邪などひいてはいないな、というような状態であっても、とりあえず計って報告しないといけない。最近、僕はなんだか、もどかしい。

朝八時に起きて、シャワーを浴びて、ドライヤーで髪を乾かして、その間にトースターにパンを入れる。がこんとパンが飛び出たら、皿にのせて、今度はティファールでお湯をわかす。そしてパンをもぐもぐとしながら、体温計をわきに差して、パソコンのスイッチを入れて、打刻する。体温計はすぐにぴぴぴっと、教えてくれる。

だいたい、三十四度五分から三十五度くらい。

低すぎないか。

これから死んでいく途中なんじゃないの?

昔々、おじいさんが芝刈りに、おばあさんが洗濯に行っていたぐらいのときに、僕が朝、体温を計ってみるとだいたい三十六度何分とかだった気がする。

年をとると人間の平熱は下がるのか? 知らなかった。友だちに言うとみんな別に動揺した様子もなく、朝はそんなもんだよ、という。いやでも三十四度なの僕、はじめてみたんだけど? ほんとにそうなの? 実は僕に死期が迫っているのを悟らせまいとする優しさとかだったりしない?

とまあ、何におびえているのか、自分ではだいぶ恐ろしい気がするので、このまま打ち込みたくないのだ。この結果をそのまま打刻すると、事実なのに、なんだかいらない心配をされないか? あるいは勘繰られないか? など僕のほうがいらない心配をしてしまう。

低すぎるけど大丈夫? とか、本当に計ってますか? とか、いわれないだろうか。

それで僕は、お昼ぐらいにもう一回計ろう、と考えて、そのときは、せっかく出てきた数字を打ち込まない。終業システムは結局、退勤打刻しないと、データを提出できないので、何時に測ったって同じ、だったらリアルなほうにしよう、と考える。

いや、最初から本当なんだが。

そうして、昼にはもうすっかり忘れていて、退勤打刻を押すときに思いだす。あ、やべ、計るの忘れてた。馬鹿なので、毎日、やべ、と退勤するときに、いう。全然やばいと思っていない証拠だ。

さて、もう一度はかる。三十六度。まあ、許容範囲かな。

一体何の許容範囲か。

そうして何時に計ったかを打ち込むわけだが、そもそも、体温を計るのは三十七度五分以上だった時に、会社が出勤停止を命令できるからじゃないのか。退勤するとき計ってどうするんだ。
それで、嘘を書く。
十二時に検温、とかにしておく。それくらいに、その体温なら一番リアルだろ。お昼休みに計ったことにする。最初から本当のことなのに、わざわざ嘘をついて、本当っぽくする。

もう、何もかも、最初から最後まで、なんて不毛な行為なんだ。

というか、朝計った体温が三十四度五分から、夜になると三十六度って、一度五分あがっていることになる。平熱が三十六度の人なら、三十七度五分と同じ結果なのではないか?

でも一日ずっと働いちゃったよ、すでに。

信じられないくらい不毛な義務だ。

僕が悪いのだが。僕が悪いんだろうか?

 

しかし、会社の上司がこれを読んでいたら、やはり怒られるかもしれない。

全部嘘です。