アオアルキルキア

不定期連載

リモートでなければ

まだコロナではない日記。

 

今日からおよそ二週間、リモートワークの予定だ。

少し前から、リモートワークが集中できなくなってしまった。

土日を使って、ワンルームの模様替えをした。

景色も変わらず、人とも会わない中で、ずっと同じ作業をしているのは辛い。飽きてしまう。だから部屋の景色を変えてみた。その結果、午前中、普通にサボった。全然ダメ。むしろ今までで一番集中できなかった。もはや何も関係がない。とにかくこの日々に飽きているのだ。間違いない。

昼の時間になって、昨日から営業再開をしている居酒屋のランチを食べに行った。もちろん外を歩くときにはマスクをして。大通りに面した小さなお店だ。建物は日本家屋風で、昔ながらの横に滑らせる引き戸に、明かり窓がついていて、前を通るときに店内の様子がわかるようになっている。軒先には赤い暖簾が下がっていて、大きくワインと書いてある。お店の名前は、壁に埋め込まれた看板に書いてある。その看板は白い蛍光灯が中に内蔵されていて、夜になると煌々と光る。きっとこういう形の看板は、ちゃんとした名前があるんだろうけど、僕には語彙力がないので、わからない。

店の中に入ると、夜の居酒屋とほとんど変わらない常連のおじさまとおばさまが、合計で三人いた。しかもみんな酒を飲んでいる。

「おお、けいすけ。何呑むんだお前」カウンターの一番奥にいるえいちゃんがそう話しかけてきた。八人くらいが座れるカウンターは、会話の終わりにつける鍵かっこと同じ形をしている。

えいちゃんは、50代半ばの男性。銀縁の眼鏡、坊主頭に近い短髪には白髪がちらほら、がっしりとした体格で、ご職業は大工さん。

「え、いやいやいや、昨日いったじゃないですか。リモートですよ。仕事、これからもあるんですよ」

「関係ないだろ」僕はカウンターの一番端に座る。えいちゃんと一番離れた席だ。角を作るカウンターの、両端の点といった位置関係。

「どうせバレやしないよ」とえいちゃんの席の隣の隣に座るおばさまがいってきた。実は僕、この人の名前を知らない。初対面。はじめてする会話が、どうせばれやしない、だから、笑ってしまう。

「いやいやいや、寝ちゃったりしちゃうとやなんで。じんさん、おすすめは何ですか?」とマスターに話しかける。じんさんはこのお店の店主さん。目が細くて、いつもおだやかな表情、60代、恰幅がよくて、背も高い。「おすすめ? おすすめか。魚料理でいいか?」

「あ、はい」

「あんた、新しい彼女はできたんだっけ?」初対面の女性の隣の隣、カウンターの角のところに座っていたさっちゃんさんが、今度は訊いてくる。さっちゃんさんは、四十代後半の女性、たれ目で、小柄、茶髪は派手過ぎず地味過ぎない、落ちつきのある色味をしている。

「え、いや、全然ですよ」

僕はそう答えながら、じんさんが運んできた料理を受け取る。そのあともお酒を二回勧められるが断ると、えらいと今度は褒めてきた。気のいい人たちだ。
ランチは千円なのに、昨日お通しで食べた玉こんにゃくと牛肉の煮物が出てきた。そのあとサラダも出てきて、最後に味噌汁とごはん、サバの塩焼きと漬物の定食。ウーロン茶までついてきて、これで千円はとってもやすい。

常連のおじさまおばさまがたは誰それが、四度目の結婚だ、という話で盛り上がっていた。まんなかのおばさまは、ただいま恋愛中。結婚している人なのか、していた人なのか、独身なのかは、わからない。そもそも会話が聞こえてくるだけなので、名前すら紹介されることはない。さっちゃんさんは「恋できてうらやましいわ、私もしたい」とつぶやいた。さっちゃんさんのことは、少し話したので知っている。バツイチで中学生の娘さんがいる。

たとえ年齢が変わっても、みんな恋の話をするのだと、僕はなんだか安心した。

お酒は飲まなかったけれどいい気分転換にはなった。急いで食べて、お店を出ていく。

「けいすけまたな」「おしごとがんばってね」

おじさまおばさまたちからエールをもらったおかげか、午後はわりかし、さぼらずにできた。

 

コロナがなければリモートはしていない。このお店も、ランチをやっていない。だからえいちゃんのまたな、もさっちゃんさんの「恋できてうらやましい、私もしたいわ」もきけなかった。

この日々は、いよいよしんどくなってきた。だけど、そうでなければ生まれなかった機会もある。無理に変化をさせずとも、少し足を運べば、気がついたりするものだ。いつものお店が営業再開したことに気がつけたから、気がついたことでもある。

自分が変化することも大事ではあるが、外の世界のわずかな変化にも、敏感でいようと思った今日だった。